昨年のお御籤

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1日のお日様。


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安否が気になっていたら、姿を見せてくれた。

歩くたびに足裏がぺたーっとなるのが、可愛かった。

我が家の守宮ちゃん。


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この先は、24時間前に下書きしたもの。



夜、近くの東と近くの南東、かなり痛かった。

さっきは近くの西が、もう少し弱く痛かった。





バッグに入れっぱなしだった、ずっと前に引いたお御籤が二つあった。

その前に探し物をしていたのだが、何故か二つとも、失物は物の間にあると書かれていた。

それはまだ見つからない。


お御籤の一方(北口本宮冨士浅間神社)には、
しら玉をひかりなしともおもふかな
磨きたらざることを忘れて
と、書かれていた。

丁度最近のお日様写真の中に、不思議な円い白い光があることが気になって、過去の写真を昨夜は探してたくさん見ていたところ。


ずっと前に明治神宮で、やはり似たような意味のお言葉を頂戴していた。

もっと御霊磨きに励みなさいと、きっと私の一番の課題なのだ。




財を失うことの失は小なり。
失のもっとも大なるはこれなり。
智慧を失うことなり。

どんな地位に居ても人間の偉大さを発揮することは出来る。

我心我欲をはろうて胸は清い高峰の月の光
胸の苦しみ、心のもだえ、よくよく考えてみれば、我身びいき身勝手から起こっている。
我欲をすてて他人の幸福を念じる心になり切れば、広らかな、すがしい気持ちにかわってくる。


昨年の早春のお御籤だと思うが、今の方がぴったりくるように感じた。

まるで今読むことになっていたみたいだ。



今日の昼頃、1と4の組み合わせで数字が強く主張していた。1414と、今何気なく書いたので、もしかしたら、いよいよ、の意味かもしれないと思ったが、なんのことだろうか?


以上、2日記。











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災害から思う

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23日のお日様。


また千葉県から東北方面が大変なことになっている。

もうこれで収まりますように。

被害にあった方たちが、早く安心できる生活を取り戻せますように。



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昨日の日中に、下からはっきりとしたじんじんする嫌な振動を感じた。

椅子に座っていられないような。

多分大き目の地震の前触れ。


どこかはわからないけれども、雨はそれを遅らせたのかもしれない。


1週間くらい前かと思うが、かなり近くの西、と思われる場所が鋭く何度も痛んだ。

でも、被害地震は起きなかった。

夫がたまたま日曜日に通りがかった中央高速の事故のことだったのか??

その日3件、近い場所で事故が起こっていて、そのうち2件を危険を感じながら通り過ぎて、帰ってきたという。

私は個人的な危険を感じ取ったのかもしれない。



地震も豪雨も、作為的な可能性を言われるけれど、それを阻止できないときは、それなりの神様の意図があるらしい。

大きな目で見れば、勿論、ひどいことをするのが目的ではないはず。



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未来には、思ったことがそのまま周りの人に聞こえるようになる。

今でも聞こえている人は思ったより大勢いると、経験上わかっているけれど。

私にはまだ聞こえることはないが、もともと感情というものは相手に通じるものだと思う。

心の中が筒抜けになるころまでに、誰に見られても恥ずかしくないように、すっかりきれいな心になっていたいものだ。




ぴょいちゃんをお寺に連れて行って、帰る時、数字のメッセージ? ... と思うことがあった。

信号待ちの時のことだ。

右折車線に停まった車も、それと向かい合って対向車線で右折するために停まっている車も、ナンバーが同じ2727だった。

こんなことはメッセージでなければあり得ない。

けれど、意味はよくわからない。



今日になって、左の上腕部が鈍い痛み。

相模湾と関係あるのかな。

右腕の時は東京湾の地震があった。

それほど大きな地震ではなかった。

腕は湾、天使さんはダジャレが好きなのだそうで...

その解釈が合っているかは、自信がない。



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ふゆしらずのこぼれ種から、もう花が咲いた。



















































ぴょいちゃんのその後

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13日のお日様。


以下は8日に書いたもの。

PCがつながらなかったので、数日投稿できず、そのままになってしまった。


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4日のお日様。





ぴょいちゃんは、自分で食べたり飲んだりはできないものの、外の草地の上では10分以上も立っていることができるようになった。

家の中だと、まだ踏ん張りは効かない。

でも、ここまでの回復は、一時は予想もできなかった。


北欧では、自分で食べれなくなったら、治療はしないと、獣医さんに言われた。

もう十分に生きた年齢で、このあと元通りに回復する確信は持てない
状況だった。

でも、何もせず見ているだけなら、まもなくお別れすることになる。


点滴で栄養を与えるのは、とても効率が悪いので、口から少しでも入れてあげる方がいいと聞いて、針のない注射器で流動食を入れた。

その後は、元々食べていたフードをミキサーで滑らかにして口に入れた。


最初は何かしても反応がなかったが、次第に立ち上がれるようになり、先ほどなどは、大好きな夫が撫でてくれるのを、次はこの辺を撫でてくださいというように姿勢を変えて、甘えていた。

どんどん元に戻っていく。

ぴょいちゃんの生きる意欲が、素晴らしい。


あの日は、急に脱力して、ほとんど意識がなくなった。

夕方までは、特別調子がいい日で、よく歩いていただけに、とても驚いた。


心臓に大きな血栓ができているので、急に最期を迎える可能性もある。

でも、その時まで、みんなで楽しく過ごせたらいいな。



私が恐れていたことは、ぴょいちゃんを失うこと、介護が長期にわたり、ほぼ一人でかかわるだろうこと。

そして心の中をよく見ると、もうひとつあった。


私の母の晩年に、私の判断はあれでよかったのかと、ずっと分からずにいることがあった。


母が脳梗塞を起こした時、ある延命治療を施さなければ薬も投与できないと言われた。

退院後は、もう一度脳梗塞を起こし、その頃からは私のこともよくわからなくなり、ますます弱弱しくなっていった。


ある日、何となくテレビをつけていると、一人の老婦人がインタビューに答えていて、
「いつまでも生きてはいられないからね。」
と話しているのを耳にした。

たまたま聞いた言葉だが、もしかしたらとうとう母の寿命が尽きるのかもしれないと、その時思った。

そして次の日くらいに、施設から電話をもらった。


母を無理やりこの地球のこの地に、不自由なままつなぎとめてしまったようで、申し訳ない気持ちになった。

本当は、母がそうなる前には、何かあっても強引な延命治療は止めようと、兄と話し合ったことがあった。

それでも、結局こんなことになってしまった。


いつから間違えてしまったのだろう。

いつどう変えたらよかっただろう。

わたしはずっと解らないでいた。



今回のぴょいちゃんの一件で、母のことは、間違っていたわけではないように思えてきた。

母は、もっと早く楽になりたかったかもしれない。

私たちの選択は、生命の尊厳を冒したのかもしれない。

けれども、あの時点で迷いながら選択した方向は、間違っていたわけではないのではないかと思えた。

家族の回復を願うことは、自然で当然なことだからだ。

それは、そういう治療法が適切であるかどうかとは別のことだ。


ぴょいちゃんの立ち上がり方が力強くなるにつれ、ますますその思いを強くしている。



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ここまで、8日に書いたものを、少し加筆した。



ぴょいちゃんは、台風19号が通り過ぎた翌朝、爽やかな空と風とお日様に見守られて、柔らかな芝生の上で、たくさん大好きなお父さんに撫でられた後で天に帰って行った。

この頃、いろんな方にきれいなわんちゃんね、とか、そんな高齢にはとても見えないね、とか、様々に褒められていたのは、一生懸命犬生を全うしたぴょいちゃんへの神様からのご褒美だったのだ。

ずっと一緒にいてほしいと、家族それぞれが願っていて、それに応えようとぎりぎりまで頑張って生きてくれた。

私はとても感謝している。


ありがとう、ぴょいちゃん。

またいつか、会おうね。



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続き数字

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今日は、4桁の続き数字を2回見た。

金曜日に久しぶりに見たばかり。

金曜日のは、土曜日の台風のことだったのかな。

近くの橋が流された。

上流では被害が出たようだ。

異常な雨量。

台風の本体は、風は大したことはなかった。

時間切れで放置した枯れた青じそは、避難したときと同じ状態だった。




それと、今夜はマグマが動いたような。

危機感はない。



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PCの電源コード。

ハートに見えた。



ぴょいちゃんの身に起きたこと

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25日のお日様。




ぴょいちゃんのお散歩での、3人の方との会話を不思議な思いで聞いてから丸一日過ぎて、本当にそれらしき出来事が起こってしまった。

結論から言うと、少しずつ快方に向かっているけれども、病院ではもういつお迎えが来てもおかしくないともいわれている。

自分で立ち上がる回数がふえてきたが、まだ自分で食べたり飲んだりはできない。

またお散歩に行こうね、と話しかけたら、私を期待の目で見上げた。

あと何日かしたら、きっと行けるようになるだろう。


それで、数字に関してまだ続きがあって、具合が悪くなって1日入院して退院し、その次の朝病院でお話した、その方の飼っていた猫は、18歳2か月の時に介護が必要となり、その後1年面倒を見たと聞いた。

ぴょいちゃんは今丁度18歳と2か月だ。

実は、お散歩の時最後に話しかけられた方は、20歳の犬を看取ったが、やはり最後の1年は本当に大変だったと話されていた。

どうしてそういう情報ばかりが集まってしまったのだろう?

でも私は、ぴょいちゃんはもう一度元気になって、ご飯も自分で食べて、お散歩にも今まで通りに、カートで出かけて、好きなところで降りて歩いて、日々を満喫してくれるだろうと、期待しているというよりも、そうとしか思えないでいる。


今はアーシングマットを敷いて、寝かせているので、その効果も大きいと思って、その点は期待している。



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27日のお日様。




もう2週間くらいは前だろうか。

とても微弱で周期的な細かい振動を感じた。

その周期は翌日には間隔が少し長くなった。

その時は、3日間続いてから、何も感じられなくなった。


孫が遊びに来た時に、機嫌が悪くなると、どーん、どーん、と口に出していうことがある。

ドラマで、ストレスの溜まった人が、よく机や壁を繰り返し叩くシーンがあるが、それと似たゆっくりした大きな間隔だ。


地球自身が出している振動があり、近年変化してきているという。

また、地震が起きる前には、その地域で微振動の変化が観測される。


これらは、なにを示しているのだろう。

人で言えば、幸せな時は軽やかな心持ち。

思い詰めている時や悩んでいる時は、気分が重くて、容易には変われない。


ああ、これでは駄目だと、気持ちを切り変えたいときに頭を左右に振るように、地球はその場所をぶるぶるとゆすって、本来の自分の振動数を取り戻そうとする。

地震が起こるのは、そういうこともあるのかな。

人の集合意識の重い状態が、場合によってはその場所の大地震へとつながっていく。


自分の感覚が、断片的な知識と少しつながった。




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連休

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9日のお日様。




昨日までの連休は、沖縄で過ごすことになっていた。

秋分のぴったりその時間に離陸して、東京に帰ってくるはずだった。

乗るはずの飛行機が台風のために運休して、旅行もキャンセル。

家族もみんながっかり。

そのうちにまた行くことにはなるだろう。

衣類を入れた段ボール箱だけが、沖縄へ行って、帰ってきた。

こういうことにも意味があるのだろうか?


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19日の朝、北方向の空




昨日のぴょいちゃんのお散歩のときの、不思議な数字のお話。

家を出て、角を曲がる前に最初の16という数字。

ぴょいちゃんをカートに乗せて押していたので、出会った近所の方と年齢の話題になる。

かつてお散歩でご挨拶していた、その方の飼っていたヨーキーは、16歳で天に召されたそうだ。

そのあと歩いていると、別の方が、うちの犬(黒チワ?)は17歳と7か月だったと。

そのお散歩の帰り道では、年配の女性が、うちは20歳まで生きたけど、最後の1年はとても大変だったと。

でも、このワンちゃんはまだまだ大丈夫そうね、と言われた。


いつもカートに乗せて連れて行くけれど、そんなに話しかけられることは多くなく、この日に限って、どうして何度も話しかけられ、その方が飼っていた犬のなくなった年齢を教えてもらうことになったのか、とても不思議な感じがした。

どうしてなのか考えてみると、このところぴょいちゃんが急に老け込んで、大丈夫なのかなと、私が不安を感じていたからだと思った。

ぴょいちゃんの寿命がそろそろだよと、そういう意味にも解釈できなくはないけれど、その最後にあった方の最後の一言が、私の不安への答えなのかな、と、私の中では腑に落ちた一件だった。


そして、今日の夕方のお散歩は、ぴょいちゃんは久しぶりにかなり長い距離を歩いて、帰ってからもモリモリ食べて、なでてーとすり寄ってきて、本当に元気になった。

淡々と、好きなように生きる。

ぴぃちゃんを見習おう。

潜在意識では、どの人も思い通りに生きているそうだけれど。



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7日のお日様。


みんな優しい世界

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今日は、病院も美容院もスーパーも、出会った人すべてが不思議にみんな、にこやかで和やかで優しかった!


自分が出しているものを受け取っていると、昨日納得がいったところだった。

家族の今までを見ていてそうだと思えたし、かつて自分も、よく足を負傷していた。



今日は連休も最終日だから、私にも気持ちに余裕があったのかもしれないが、それだけでなくまるで何か、境界線を越えたかのような違いを感じた。


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前回ブログを書いたとき、PCを終了した瞬間に、視界の右端に、一瞬白い細身のライオンが見えた。

ライオンでなければ、猫の仲間?


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お御籤

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昨日の夕焼け。

パワフルだった。



厳しさの中にこそ愛がある

物事の、あるいは人の、どちら側をみつめるのか

人事を尽くして天命を待つ

大國魂神社で引いたお御籤から、感じたこと。



台風の被害が、思ったより大きかった。

昨日の交通の混乱も、意外に大きかった。

その前に、横浜では雨も事故も続いた。

こういうことがあると、心の中がしーんとなる。

それから、祈りが生まれる。



星占いの通りに、このところ少し仕事が忙しい。

性分として、忙しいのは嫌いではない。


でも、度を超すと、字の通りに、心を亡くすことがある。

まだそこまでいそがしくはないけれど、それでも人事を尽くすことにする。


自分の世界は自分で作る。

それなら、星占いなんて気にするべきではないのかもしれない。

でも、星の影響を受けているのだな、と、時々感じることがある。



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昨日のお日様。



巣立ちを今年は見れた

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今朝のお日様。


今年は、野鳥の子育てをたくさん見ることができた。

いつもは、なかなか巣立ちを見守ることができなかったのだけれど、それは、見れないと思っているのが原因なのかな?

そう思い至って、今年は見れるに違いないと、気持ちを改めた。

そうすると、すぐ近所のお宅の雨戸にムクドリが吸い込まれていくのを見れた。

鳥の囀りが、何日も聞こえていたと思ったら、声の主はこれだった。

それに、散歩途中のブロック塀の小さな穴の中に、小さな鳥が飛び込むのを見た。

それも子育て中の巣に違いない。

更に、近くの川に、鴨の親子を見かけたが、しばらく後で、また成長した親子を同じ数で見つけた。

ちゃんと育て上げたみたいだ。

小さなカラスが夕方に5羽、近くの電線に留まっているのが、数日続いた。

まだ遠くには飛べない、巣立って間もないカラスたちだったのだろう。


こうして、自分の思った通りに、現実は作られるのだと、確かめられた気がした。



最近よく思い出すのは、東日本大震災のあと、放射能を感じて具合が悪くなった時に、気持ちを切り替えたら何ともなくなったこと。

このところ、空気を殺菌するという薬剤を使わざるを得なかったのだが、慣れなのか、喉も目も大丈夫になったこと。

こういうことは、体がその都度、環境に順応して、克服しているということなのだろうか?

それとも、自分自身が現実を作ると言われるように、自分がどんな環境にも左右されないと、決意さえしていれば、影響を受けないということなのだろうか?

もしそうなら、飛ぶ鳥も落ちると言われる5Gのようなシステムにも、気持ち次第では無反応で健康に生活していけるのだろうか。

もっとひどい放射能に晒されることがもしあっても、その人の精神性次第では影響を受けずに存在し続けることが可能だというのだろうか?

それが最近の一番の関心事だ。



このところ、久しぶりに府中の大國魂神社に行きたくて、今日は土砂降りの合間を縫って参拝に行くことができた。

以前は、いろんな色が混じった服装で行ったことがあって、すごく不思議だった。

今日は、行く前に調理していた時に、いつもは必ず赤い柄の菜箸を使うところを、黒い模様のものを手に取ったのと、着て行った服はシルバーグレーだった。

御祭神が国つ神という意味なのだろうか?

そういえば、ここはくらやみ祭りというお祭りもあるのだ。


最後に稲荷神社にもお参りさせていただいた。



今夜は、関東に台風が近づいている。

丁度東京を目指してやってくるような予報。

癒されるべきものがたくさんあるということなのか?

土地なのか、人なのか。


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被害が出ませんように。










アーシング

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29日のお日様。



本当に日々いろいろ、思いがけないことが起こっている。

今度は息子がかなりの怪我をした。

けれど、救急病院の先生の的確な処置と、そのあとは夫が普段からやっているアーシングの知識ですぐに適応できたので、経過は良好だ。

無理をしなければ、もう大丈夫。


アーシングの分厚い本に、ツールドフランスで負傷した選手が、一晩なのに目に見に見えて傷口がきれいに回復しているのが、写真で載っている。

私は直観人間だが、夫はすごく独学でよく調べている。私のはその受け売りだ。

裸足で庭や砂浜を歩くというのは、気持ちいいだろうけれど、それだけでなく、家の中でアース線を使って体の問題のある部位と地球をなるべく長い時間つなぐ。

それだけで血行が良くなり、傷が治りやすくなったり、薬の効果が増したり、血液がさらさらになったりするという。

しかも、副作用の心配はない。

夫は、若い頃からの頑固な凝りが柔らかくなったし、血液の炎症反応の数値がみるみる良くなった。

他にも血液の状態が良くなった。

今後は日本でもブームになるというが、アメリカではとっくに医学的にも認められているそうだ。

決してこれはオカルトではない。


アース線と体を結ぶいくつかの器具が必要になるが、良心的なお値段で作って下さっている会社があって、夫はいつもそこを利用している。

割合近いので、一つ、注文したものが足りなかったときは、わざわざ家の郵便受けまで届けてくださったみたいだ。

特許を取って独占すれば、お金儲けにつながるところだと思うが、そうしないでただただアーシングで、辛い人を癒そうとしてくださっている。

貴い心がけだと思う。

いつもありがとうございます。


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気になった雲とお日様写真

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24日南南西からの放射に見える。夕方5時前頃。


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20分後には崩れていた。

近くで小さく揺れたのだろう。



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お日様の光。

中心の左下に、珍しい青い丸。


そういえば、ずっと以前は、よく小さな青い点と緑の点が写っていたことを思い出した。


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今朝のお日様。










蛙は何思う?

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17日のお日様。



昨日の夕方、軒下の植木に水やりをしようと、蛇口にジョーロを持っていくと、すぐ脇の睡蓮の鉢に、黒っぽいものを感じた。

蛙が、水に浸かっている。

人間が温泉に浸かる時のように、じっと水に入って動かない。

その水も少なめなので、ジョーロの細い口から、水を注いでみたが、動く気配はない。

この夏何度か顔を合わせているので、危険はないと思ったのか、それとも連日の暑さで朦朧としていたのか。


現在は2匹いるように思うが、代々庭に住んでいるヒキガエルらしき蛙。

水はこの鉢にしかないのではないかと思う。

門から外に出ても、20年前とは違い、道路沿いの水路に、通常水は流れていない。

以前はドジョウをその水路に見つけたこともあったのだが。


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羽根がおしゃれなトンボを見つけた。

写真を撮らせて、と頼んだら、しばらくじっとしていてくれた。


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ライオンゲート

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7日のお日様。


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8日のお日様。




小田さんが70歳の年の、クリスマスの約束という番組の録画を見ていた。

映画の曲をメドレーしているのを聴いていると、私は幸せなんじゃないのかと思った。

幸せの形は同じだけど、不幸の形はさまざまだと言われる。

それは、自分の成長のために自ら選んだ、不幸に見える、乗り越えられるぎりぎりの高さのハードル。

きっとそうなのだろうな。

今世、私も少しは成長できた?

乗り越えたら、今度は何をしたいの??





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ライオンゲートのために、一人の時間をたくさん用意してもらったみたいだ。

今朝はちょっと自律神経がおかしいような気がしたが、寝不足や疲ればかりではなかったようだ。


今日は母の誕生日。

母の無償の愛に、感謝。

父の無償の愛にも、感謝。

気持ちが溢れる。








夏休み

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今年は願いが叶って、上高地に行けた!

とても賑わっていた。

ここの良さを知ってもらえるのは嬉しいけれど、困ったこともある。

田代池では、水着に着替えた幼児が、親に促されて水辺を走っていた。

梓川では、カップルがアルコールと思しき缶と瓶を傍らの岩に置いて水に浸かっていた。

そういうのは見たくなかったな。


ウェストンさんのお蔭で、これまで上高地の素晴らしい自然は守られてきた。

感謝しなければ。

そうでなければ、今頃ここにもホテルが乱立していただろう。

遊歩道に看板があふれ、水は既に濁っていたことだろう。




テレビで見ると、立山の方に行く水の色はもっと青かったり、緑がかっている。

上高地はもっと透明に近い気がする。

太陽の照らす角度の違いか?



丁度風邪を引いて、体調は今一つだったけれど、上高地にいると歩きたくなる。

登山家が登山をする理由を尋ねられて、「そこに山があるからだ」 と答えたというのも、初めて少し気持ちがわかる気がした。




アザミの花の上を、夢中で蜜を吸ってくるくる動くミツバチがかわいいと思って写真を撮ったら、その向こうにニホンザルが写っていた。

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河童橋の左側に伸びる道の水辺へ、両手に杖をついて歩く年配の女性がいて、そのあとデッキで少しお話した。

トモエソウを見たくて、何度もそこへ来たのだそうだ。

初めて今年は開花していたそうだ。


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今回は夫と、娘の家族と行くことができた。

幸せなことだと思う。

また一年頑張ろう。


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バランス

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昨日のお日様。





今度の台風は、それほど強くなさそうだけれど、雨はふりそうだ。

花火大会を楽しみにしているのに。



会社で、咳の風邪が流行り、空気中の細菌を無くすべく、薬剤が少しずつ出るというのを置くことになった。

その日から、口の中が変な感覚になっている。

口の中の水分と反応するのだろうか?


それが食道を通って、胃腸に行き、腸内細菌を無くし、やがて潰瘍性大腸炎に?

潰瘍性大腸炎の画期的治療法に、健康な人の腸内細菌を移植するというのがあったが、理解できた。

潔癖な人がそうなるのかもしれない。

でも、健康人は、いい細菌と悪い細菌を同じだけ体内に持っているということになるらしい。


この頃の日本は亜熱帯みたいなところだから、食中毒はとても怖くて、それも死者が出ることもあるくらいだ。

それで、それを防ぐために工夫をして、飲食店では調理場から塩素の臭いが漂ってきたり、食料品に防腐剤として様々なものを混ぜたりする。


バランスを上手に取るしかないね。

それぞれの状況で、判断して、判断した後は大丈夫だと信じることだ。


でも、今のところ多くは、バランスを取れていないように感じる。

















つぶやき 

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しばらく前から、高知が、何度も何度も何度もやってくる。

何か苦しいのかな?

高知に愛を送る。



それから、173が、またやってきた。

つまり、ガス器具がまたエラーになった。



それから今日、「隕石」が2回続いた。

これは偶然なのかな?














こういう不思議はなぜ起こる?












ひとりごと

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11日の朝、トンボがミニトマトの茎にじっと止まっていた。


ブログの設定が変わって、機械音痴の私には少しハードルが高くなってしまった。

ももちゃんの写真も表示されなくなったし。

でも、私にとっては、ここは大事な独り言を書ける場。

もうしばらくお世話になります。

でも、少し整理しないといけないかな。


風邪がはやっているけれど、ただ咳だけの場合は、長い湿気によるものの場合もあるそう。

空気を殺菌って、何かの薬剤に安易に頼るのもどうかと思う。

その化学物質が菌やウィルスだけでなく、自分自身にとっても有害かもしれないと、知らべてみる人は少ないに違いない。



今朝のTVアナウンサーの服装は、偶々なのか、黒い服の人は見かけなかった。

この前の芸能界の偉い方が亡くなった時は黒だった。

自然とそうなったのだろうけれど、両方を見比べると何となく違和感があった。



有名なターシャさんという、素敵なガーデニングの本で知った女性のことをテレビで見たことがある。

季節ごとに大切な作業があって、それはガーデニングというよりは、食に関することの方が多いような印象がある。

それらは、私からすると、とても手間がかかって、大変な作業。

普通、多くの主婦は買ってきて済ませると思う。


少し前の地方の男性たちも、家の修繕は自分でやるしかなかったであろうし、家畜を飼ったり、ガーデニングの範疇に入ることも、奥さんと一緒に作業しただろう。

外国の男性なら、家を建ててしまうことも珍しくはなかった。


特に日本では、効率や成果を優先した結果、かなり世の中の分業が進んだように見える。

定年を迎えた時、仕事をする必要がなくなった男性たちは、趣味以外には活躍の場はなかなか見つけられなそうだ。

効率を優先して、簡単に何でも買ってきて済まさないで、何でも自分で本当の素材で丁寧に生活することをしていくと、老後も興味ややりがいを感じながら、毎日を過ごせるのではないのかな。

適度に体も自然と動くことになるし、人との思わぬつながりができてきたり、張り合いを感じたりできそうに思う。

認知症になる暇もない。

生活することを人任せにすると、途端に味気ない老後になってしまいそうだ。


最近、そんなことを考えていた。

私は還暦過ぎても仕事が続きそうだけれど。

それが不満というわけでもない。

若い頃には想像もできなかったような、貴重な経験をさせてもらっている。

もしかすると、潜在意識ではそれを望んでいたということなのだろうか?



しばらくお日様写真が撮れていない。

今度は何時だろう?




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一時枯れそうだったビオラが、咲いてきた。





2回ずつ?

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名前を忘れてしまった。
春の花が咲いていた。



今日は、とても弱い頭痛と、気になる気持ち悪さがある。
夜になると気にならなくなるのは、太陽の位置と関係あるのかな?
他にも、太陽の何かのせいで具合が相当悪そうな方が。。。


この前は、親戚で不幸が続き、35年以上キッチンで私たちを見守ってくれた時計が壊れた。
それからガス機器が不調で、エラーメッセージが173。
2年くらい前にも、同じ数字が出て、取り替えたのに。
修理のしようのない、なんでもなさそうな状況なのに、数字のメッセージがやってくる。

どうしてこういうことって2回続くのだろう?
前にもそう思った。


ビオラの花がもう一度咲き、ヒメシャラは蕾をたくさん残したまま、咲く日まで待機しているようだ。
冷夏になるような予報が出てきた。
でも、水不足の心配はもうないだろうから、夏はちゃんと暑くなってくれても、もう大丈夫。

感謝ということ

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26日のお日様。




伊豆で地震があった日の朝、早々に閃輝暗点が始まった。

でも、ちょっといつもと違う感覚。

軽い頭痛と、特徴のある気持ち悪さが、夕方まで続いた。

その特徴のある頭痛は、閃輝暗点のあとに起こるかか、そうでなければ長ければ24時間以上続くことになる頭痛。


私は頭痛持ちというわけではないので、睡眠不足や酸素不足が思い当たることがある。

それも全く思い当たらないような場合は、そのあと中規模以上の地震が起きる。


何か、太陽フレアの影響とか、地殻が圧迫されて特別な電磁波でも出ているのかな、または人工的な何らかのエネルギーなのかもしれないと感じる。


その日も、偶々見た時計が、12:35であったことが、2回続いたので、12:34なら要注意だけれど、
それは、危険は過ぎつつあるというメッセージだと思っていた。

でも、夕方伊豆半島で起きた。

中央構造線上で。



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季節を間違えてか、ジュリアンが咲き出した。

ヒメシャラも咲いている庭に。





最近親戚の、まだ若い人が前触れもなく他界した。

まだまだ家族に必要とされていて、本人も生きたかったのだろうに、どうしてこうなるのだろう?

そう思っていたら、丁度、読んでいる本の中に、人が亡くなる時、潜在意識は、亡くなることを誰でも100%了承していると。

周囲の人も、潜在意識ではその人が亡くなることを受け入れているということになるのだろうか。

顕在意識では、とてもそうは思えないのだが。










昨日、一昨日、久しぶりにお日様写真を撮れて、とてもうれしかった。


先日、訳もなく、何だか今日はポジティブな気分で過ごせているなと、少し不思議に思いながらも心地よさに浸っていた。


夏至の前々日くらいかと思うが、夜、太陽の写真の本を読んでいた。

読み始めたら止まらなくて、時間は遅かったのにどんどんページをめくってしまった。

きっとそのせいで波動が高まっているのだと、あとで確信した。


エネルギーが強いので、夜は開かない方がいい気がする。

心の中がとてもあったかくなる。


それを読んで、思い出した。

暫らく前に、見た夢をここに書いたことがあるが、広いトイレに便器がたくさん並んでいて、それをすごい勢いでわき目もふらずに掃除している女性が出てきた。

きっと、本当に掃除してくださっている方もたくさんいらっしゃるのだろうけれど、それは、人間たちが様々な形(物も想念も)で地球を汚しているのを、なんとか自然に戻して、きれいな状態にしようと、働いてくださっている存在の姿を見せられたのだろうと思った。



何度か読んだことだけれど、他の文明の、進んだ惑星では、人々は惑星には住まず、上空か、宇宙空間でとても大きな宇宙船で生活するのだそうだ。

惑星を汚さないために。

最初、そこまで必要だろうかと思ったけれど、愛が大きく育つと、そこまでの考えに至るのだろう。





この頃、私は両親のことをよく思い出している。

今でこそ感謝しているが、生前は特別仲良い親子というわけではなかった。

でも、後で思い返すと、本当に自分が愛されていたことは疑いようもない。

有難いとしか言いようがない。


誰かへの感謝の気持ちは、結局自分を必ず高い波動へと押し上げてくれている。

そこに気が付くと、もしかしたら、今の時のために、自分はその素晴らしい両親を選んで生まれてきたのではないかとさえ思えてくる。

どんな時でも、非の打ちどころのない感謝の気持ちに包まれるからだ。

今、その気持ちが私を助けてくれている。

落ちて行かないように、高みに引っ張り上げてくれている。



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水道

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マリーゴールド




夫がアーシングに嵌っていると、前に書いた。

室内でアース線につなげられないときは、水道の蛇口につなげればよいと聞いて、納得したことがある。

大きな地震が起こる前に、よく地面が大きく波打つように感じられる経験をしている。

それは水道で水を使っている時であることががほとんどと言っていい。

ごく稀に、銀行でATMの前に立ったときにも、同じようなことが起こった。

もしかしたら、ATMにもアース線がつながれているのかもしれないし、強い電流にも、水道と同じような作用があるのかもしれない。


家族が立て続けに山形県の南部を訪れたのは、約2年近く前の事だそうだ。

以前にも、どこか急に気になって不思議に思う地域があると、そこが揺れるということがあった。


今回の大きな地震が起きて、アーシングの知識とつながると、なんだか同じようなことが起こっているのではないかと思えた。

地球はアーシングで人間の余計なエネルギーを吸収してくれる。

地球のある地域の、充満しているエネルギーを、人間が感じ取ることによって、少しは放出を助けることができるのではないか。

何か、その地域とご縁ができて、思いを馳せると、それは「思い遣り」となる。

思い遣りは癒しとなる。


思いの持つエネルギーは、目に見えないが、アーシングは電流計で測れる。

思いを数字で表すことはできないかもしれないけれど、それはまだ人間の科学が十分発達していないせいだ。

思い遣りはエネルギーを与えることができる。



先日の雲は、今日の未明の千葉方面の地震だったようだ。


茅ヶ崎が気になるのは、もう落ち着いた。




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今年2回目の開花。

レウィシア




















今朝の雲

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今朝の雲は、東から南くらいの方向から、なにか押し返されているような形だった。

新潟の方ではなかった。


津波が来ませんように!

被害がありませんように!



丁度、鶴岡の辺りから新潟方面に、昨年だと思うが、家族が何度か行くことが重なった。

時々、ある特定の地域が何度も意識に上る。

今日は茅ヶ崎。


以前は震度3がたまに起きた程度だったけれど、最近はM5では驚かなくなった。





白いお日様?

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今朝のお日様の光。

いつもと違い、真っ白でまん丸の光が写る。




画像の検索をしたら、八重咲きのどくだみが出てきた。

斑入りの葉や、八重咲きは、稀少価値があるという。

私が知らないだけで、突然変異というわけではなかった。



今年は、いろんな植物の咲く時期が、例年とは異なる気がする。

バイカウツギの花が咲き始めたが、今年は何故か極端に小さい。

その横では、薔薇が、昨年まで元気がなかったのに、花束のように房になって、とてもたくさんの花をつけている。

しかも、第2弾が爆発的に咲いている。




イギリスの庭園のように、宿根草や木の花を、ずっと同じくらいの大きさで管理するのは、日本では無理だ。

夏には特に、すぐにジャングルになってしまうことだろう。


季節ごとに花の苗を買ってきて、たくさん植え替えるというのは、最近は、これでいいのかな、と、疑問に感じる。

自然の山は、どうしてあんなに美しくて、気持ちがよいのだろう。


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紫陽花

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紫陽花が色づいてきた。



豊橋の友人のところでも、紫陽花が色づいたとメールをもらったが、今年は雨が少ないらしい。

その数日後に、yahooで、そのあたりのダムの貯水量がゼロだと、ニュースになっていた。

その後は少しは降ったのだろうか?


コスモスが大好きなその友人は、水不足で十分に水やりができないのが、気がかりだったのだろう。

とても優しくて、芯はしっかりした人。

丁度コスモスみたいだ。


西日本に前線が通り、まとまった雨になりそうだ。

どこにも、丁度よく降りますように。




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どくだみの花が、突然変異を起こしたのかと、気になっている。

散歩道の、土手の一角だけ、普通のどくだみではないらしい。

八重の可愛らしい花が咲いている。

これなら雑草と言われないかもしれない。


庭では普通のどくだみが、これでもかと咲き誇っていて、いつになったら草取りできるのかと気持ちが焦る。



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5日の夕陽。

随分日が長くなった。


この頃、さまざまな、びっくりすることが起こりつつ、何とかなっていくみたいだ。

そろそろ落ち着きたい。








薔薇が咲いた

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今朝のお日様。


感謝の心が湧いたとき、身も心も明るくなる。

其思いの消えるとき、不平、不満で心が暗くなり、世の中が狭くなる。



今日引いたおみくじに書いてあったこと。

久々に大吉だった。


一粒万倍日と知ってお参りに行ったが、今日はウエサクの満月でもあった。 



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この春は、気温が落ち着いていて、植物の花期が長く感じる。

ソメイヨシノも2週間くらい見ごろが続いたし、他の花々もそれぞれに長く咲いていた印象だ。


今はあちこちの通りのお庭で、薔薇が花盛り。

家の青い薔薇も、ついに咲いた。

いつもの大好きな薔薇も、大輪を咲かせた。



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令和の時代

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令和の時代が始まった。



上皇様と美智子様には、これまでの長い間のお働きに、深く深く感謝申し上げたい。


天皇陛下と皇后様には、明るく新しい風を感じる。

この頃の雅子様の笑顔が、とても素敵だ。






今朝、神棚に向かって祈る時、何故か自然に、今までと祈る順番が逆になった。




世の中の命あるもの、意識あるものが皆仲良く共に栄えていくことができますように。

家族やその周りの方たちすべてが、仲良く健康で幸せに暮らすことができますように。


いつもありがとうございます。






私はどう生きたいのだろう。

明確には、未だにわからないのだ。

でも、外せないことばは、みんな仲良く、という、小学校の教室に貼ってありそうなことばだ。




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空模様

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14:45頃、北西の空。

波は西からのようだ。




今日の昼過ぎ、自分の部屋に行ってデジタル目覚まし時計を見ると、12:34だった。

久しぶりに4桁続きだと思って、もう一度よく見ると、その時が56秒だった。

6桁揃った。





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22日11時頃。





アーシングの続き。

人との関係で、どちらかが勢いで勝っているような時、電子の流れが起きているのだろうか。

エネルギーを吸い取られるというのも、こういうことなのかもしれないと思った。

奥が深そうだ。




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ナナホシテントウ。



今日は蝶を何匹も見かけた。











アーシング

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16日のお日様




夫が最近、アーシングに嵌っている。

自分の体を計測すると、アーシング後は、一桁は下がる。

私にはあまり感じられないが、夫はアーシングすると、とても体調がよくなるそうだ。

電子が移動するのだという。



一つ思い出したことがあった。

ネガティブな気持ちのまま、ペットに触れてはいけないと、何かで読んだことがあった。

そういう気持ちを、ペットは吸収してしまい、体調を崩すと。

私はよく気持ちを立て直せないまま、ももちゃんとハグして、慰めてもらっていたな。

それはきっとよくなかったことだろう。

ももちゃんはとりわけ優しかったから、たくさん吸収してくれていたのだろう。


地面にアース線を引けなくて、鉢植えのサンセベリアからアース線をひいても、とても効果があった。

サンセベリアはすごい。

地球に近い。

または、地球に心がつながっている。


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13日。

庭に一羽だけ蝶がやってきて、芝桜の蜜を夢中で吸っていた。

寒さのせいなのか、こんなに花盛りなのに、その後も蝶を全く見かけない。

昨年の秋の、トンボの少なさを考えると、蝶も減ってしまったのではと、悲観的になってしまう。


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このところ、穏やかということばに目がいく。

いろんな文章に出会った。

今までは理解はしても、自分の気持ちはそれとは別だった。

でも、今回は、自分が恥ずかしくなるような文章だった。

心の垢がはがれて落ちていくようだ。



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13日の朝、改めて雪をかぶった山と、桜。







鳥の巣

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6日、近所の土手の桜。




まだ寒い頃に、土手の桜の木にカラスが巣を作っていた。

でも、その後その巣でカラスが子育てしている様子はなかった。

多分場所を変えたのだろう。


同じころ、家の小さな庭に、キジバトが度々やってきていた。

何度か巣を作り、卵を抱いたことがあったが、無事に孵ったことはまだない。

カラスにやられたり、猫にやられたり。

だから、巣を作りそうになると、ハラハラする。

今年は巣を作る気配はないようだ。



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3日の桜。




今朝駅のホームで、先週あったキジバトの巣が、何の痕跡もなく取り払われていることに気が付いた。


暫らく前に、小さめの体の番が、プラットホームの天井の梁を、木の枝をくわえて歩いていた。

その先には既に巣ができかけているようだった。

その後、一度だけ卵を抱いているらしい一羽と目が合ったことがあった。

もう10日くらいになるだろうか。


あまりに人が多いから、嫌になってよそへ移ってしまったのだろうか。

それとも、糞を落とすから、苦情が出て、撤去されたのだろうか。


人が棲む場所から、野生の生き物は遠ざかる。




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確か、ピンクのマーガレット?

少し違う。




なかなか雛が無事に巣立つのは見れないものだと、そう思っているから見れないのかもしれないと、ちょっと思った。

今度から、ちゃんと巣立っていくのを見たい、と、希望する。

そして、ずっと前のテレビコマーシャルのように、ライオンとシマウマが抱き合って涙するような、みんながお互いを思い合う世界が、きっとくる。

現在そうできない理由は、恐れなのだということが、何かで読んだことはあったけれど、少し理解できた。



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今朝のお日様。








感情を昇華する

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今日のお日様と光。


この頃、虹色の円が多くなったようだ。



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母が好きだった椿。





感情をよく味わい、こういう時はこういう気持ちになるものなんだ、...と理解すると、意外なほどあっけなく強かった感情が消えていく。

たまにそんなことがある。

これがいろんなことを乗り越えるヒントなのかもしれない。



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ロベリア








今日は71

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気温は低めだけれど、桜が咲き始めた。




今日は一粒万倍日だからか、とても不思議なことがあった。

お買い物をした、金額の下2桁が、3回続けて71円だった。

これはメッセージだと思った。


今日はとても大事な日みたいだ。

どんな気持ちで過ごすのかが。



私は愛の中にいたいな。

愛の空気の中にいたい。

こんな抽象的でもいいのかな?

でも、とてもそう思っている。


気持ちを切り替えないと、病気は治らないよ、とも言われている気がする。

根っこは一緒だ。



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ぴょいちゃんは、季節の変わり目の不調を乗り越えた。

もうすぐ17歳と8か月。



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こちらは、木瓜。