虹!

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9月初め、また行って来れた。大好きな場所に。

天気予報では、台風の大荒れ。

帰って来れなくなると困るな、と思いながら出かけた。


翌日は降る前に歩こうと、張り切って出発し、まだ歩けそうと、結局15キロくらいは歩いたらしい。

午後、晴れてきたのに、疲れ切って部屋で休んでいた。


夕方近くに部屋の窓から山の方に、虹が出ているのが見えた。

写真を撮ると、すぐに消えて行った。


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時間がもったいないので、もう一度ぶらぶら歩いて来ようと、すぐ外に出たら、正面にまた虹。


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これも、写真が撮れたら、すーっと消えて行った。

丁度、虹の左の根元と、右の根元の部分が見えたことになる。




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翌日、帰りの電車の中からも、甲府の手前できれいな虹がかかっていた。



虹は、とにかく、大丈夫、OKという印らしい。






またまた気になること

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20日のお日様。



朝にはいつも野菜と果物のジュースを作っている。

先日、買い置きしている人参を順番を間違えて、古くなったものがあった。

皮をむいて、傷んだところも取って、もう一度袋に入れようとしたとき、新しい袋に入れなければと思った。

何故なら、皮をむいているのだから、傷みやすい。

何かの菌がついたら、すぐ傷むに違いない。


その時、私が恐れているのはそれなのだと悟った。

身体の表面の常在菌が全て殺菌されたら、すぐに悪いものも入れてしまう。

多分、そういうことだ。



でも、それ以前に、除菌剤としてスプレーするようにと、店頭などに置いてあるものは、中身が確認できないものが多いようだから、

漂白剤を薄めて入れてあるかもしれないし、勝手に噴霧されている中を歩くことになるかもしれないし、除菌してあれば安心する国の中は、安全と言えるのだろうか?

IN DEEP さんのところにも載っていたけれど。

自分用の安心できるスプレーを持ち歩く方がいいのかもしれない。


マスクも、話す相手が不快ならしておこうかなと思うけれど、効果はないと言われているのに、未だに公共の場で強制されていて、実際のコロナよりも、熱中症の死亡人数の方が目立っている。

電車を降りてマスクを外した時の新鮮な空気は、いかに生温かくても美味しく感じる。

マスクをしていると、やはりちゃんとした呼吸にはなっていないのだ。




時々ストレスが溜まっているように感じるときに、私にとても有効なのは、フラワーアレンジメントだ。

生のお花でも勿論いいのだが、技術的にと、お花を買いそろえるのに体力と時間とまとまった金額を消費するので、私は機会があれば気に入った造花を買っておく。

それがプラスチックなのは残念だけど、今のところは仕方ないと思っている。

ワイヤーが細部まで入っていると、

作品に表情が付けやすい。

それで、思うとおりにじゃんじゃん活ける。


仮屋崎先生なら、ズバズバダメ出しされるところだが、人に見せるためのものではないので、思うとおりに枝葉を伸ばし、花の向きを整える。

これが案外気持ちがよく、とても精神衛生上効果がある。

フラワーセラピーというと、また。別の意味になりそうだ。


私のお花の先生は、材料は他の方と一緒だが、好きなように活けさせてくださり、収拾がつかなくなると助け船を出してくださるので、本当に気持ちよく活けて来れる。

年に数回だが、とてもすっきりする。

お花でセラピーというと、こちらの方がぴったりする。

箱庭療法と似ているのかもしれない。



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このごろ気になったこと、その1

螺旋の向き


ずっと前に夢の中に、片翼の少年が眠ったまま螺旋を上ってくるというのがあった。

それと、浅草寺に行って中でお参りしている時、見えていた金色のものすごい立っていられないくらいの勢いの渦巻。


両方とも、時計と反対周りに上っていた。


スピ系でよく、時計回りで上る螺旋が描かれているので、私の見たのは何かが、気になる。



その2

数字


ちょっと前まで、222とか、2220とか、2022とかがとても多かった。

今日は、パッと見ると4:44

天使さんがたくさんいるのかな。

ありがたい、ありがたい。



そういえば、私の誕生日、7も神様の数字だと聞いたように思うけれど、25はにこにこだから、とほかみえみため、ともいえるのかも。


とほかみえみため

おんまにぺめふむ


この二つだけは覚えられた。


























































この頃のこと

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今日のお日様。




お盆の時期のせいか、数日前に、亡くなった両親と日常の会話をしている夢を見た。

亡くなった人は、夢の中でも話さないと聞いたことがあるけれど、お盆は別なのかもしれない。




昨日、39度を超える猛暑となり、夕方、流石に梅雨明けから雨が降っていなかったので、庭に水を撒いた。

バケツに残った水をプルーンの辺りに掛けたとき、頭の中に、ありがとう、と、一言浮かんだ。


そんな言葉が浮かぶようなことを特に考えていなかったので、どうしてその言葉が急に出てきたのかが、わからなかった。

もしかしたら、今お水を掛けた木が伝えてきたのだろうか?


自分に聞いてみると、右のエネルギーを感じた。

はい、だと。


初めて木と言葉を交わした、のかもしれない。


北海道への旅行の時、樹霊碑をたくさん見掛けたのを思い出した。

開拓に関わった方たちも、木の気持ち、命を感じながらお仕事をなさったのだろう。


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10日の夕焼け。




このところ、テレワークが続いているので、Wi-Fiを使うことにした。

テザリングよりも、電波が安定しているような気はするが、何か、体が影響を受けているような感覚がある。

でも、何ボルトかを測ると、それほど高くないようだ。

それなら大丈夫なのだろうか?



初めて15分ほど使ったとき、とても不調を感じて、部屋から出てきたら、仔犬が何か怪訝そうにしばらく私を見つめていた。

どんな風に見えたのだろう。




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厚労省では、新型コロナは風邪のようなもので、強くはないと書かれているのだそう。

でも、接触確認アプリだとかも作ってある。

どっちが本当?


京都大学の先生が、もうすでに日本では自然に風邪として今回のコロナウィルスの免疫ができているので、ひどいことにはならなかったと
発表されているそうだ。


でも、そもそもインフルエンザよりも弱い病気だったら、今のように様々に制限する理由はないはず。

過去の死亡原因と人数と、今年のそれとをわかるように示してくれたら、一般の人にも理解できるのに、どうしてもっとわかりやすく説明しないのだろう?












庭の楓のこと

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暫らく前になるが、高く聳える杉木立をずっと眺めていたからか、庭に以前植えていた楓のことを思い出した。

その楓は、近くの植木市で買って、日当たりのいい場所に植えたものだった。
元気がよくて、伸び放題になってしまう枝を、何度か切らなくてはいけなかった。

私はあまり木の「気」を感じられないのだけれど、この楓の木だけは、当時家の庭に植えられるのを喜んでいるように、買って来た時に何故か感じられた。

前に書いたことがあったが、その楓は今年のような梅雨の長雨で、力尽きて枯れてしまったのだった。

その前年に、名前も知らない黒っぽい虫が木に行列になって登って行くのを見つけた。
私も普通なら殺虫剤を掛けるところだが、その虫も生きているので、その時は迷って、そのままにしていて、結局楓の葉はほぼ食べつくされて、秋と冬を迎えた。
春になり、ちゃんと新しくきれいな葉をたくさん出したので、もう大丈夫と思っていたら、降り続く雨や、日光不足で、とうとう枯れてしまった。

私は、あの時虫ではなく楓の方を助けるべきだったのだろうかと、思い出す度ずっと心に引っかかっていた。

今回、思い出した時、あの木が、何かと気持ちをとても強く持っていたことが意識に上り、何となく、あの楓は私の家の庭と、その後の運命を選んでやってきたのだと思えた。
だから、枯れてしまったことにも後悔はしていないのではないか。

今頃はもっと大きくなる種類の木の若木になって、相変わらずエネルギーを強く発しているだろう。
詩の中であすなろが明日は大きな檜になろうと思ったように、あの木は多分たくさんの経験を積んで大きな木になろうとしている。

人も、そんな気持ちで生まれる場所と運命を選んで生まれてきたのかな。

憶えてはいないが、そういうものなのかもしれない、と思った。


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誕生日前夜の作品






植物のソーシャルディスタンス

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アガパンサス




昨日の朝、目覚める直前に数字の夢を見ていた。

このところ、仕事で計算や数字の書類をたくさんやっていたので、そのような仕事のストーリーの夢を見ていた。

その最後に、4桁のマス目に、0910と書くところで目が覚めた。

そんなに考え込まなくても、自分のやることをやっていれば大丈夫だと、メッセージをいただいたようだ。



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6月10日のお日様の光。

お日様が恋しい。





昨日は、3回ほど、鳥の羽根に目が行ったのだが、不思議とそれらの羽根は、黒い部分と白い部分がはっきりしているのだった。

意味は解らないが、それを目にして気になっているということは、何か意味があるのだろう。



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夕方、ぴょいちゃん、モモちゃんのお墓周りの草取りをした。

どくだみの勢いがすごいのだが、野イチゴや、笹の根が通っているところには、不思議にどくだみは伸びてこないことに気が付いた。

これは棲み分けというものなのか、それとも植物の世界にも、ソーシャルディスタンスがあるんだろうか?








梅雨時のつゆ

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少し前に、小雨が降り続いた日に撮れた画像。

水滴がたくさんの枝に行列していた。


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ギガンジウム


蕾で買って来た時に想像していたのよりも、はるかに美しく咲いてくれた。

以前から知っていた花だけど、こんなにきれいに咲くとは思わなかった。



雨降りばかりで、湿っぽくて、嫌だなと感じるけれど、でも今年は雪が少なかったのに、水不足の心配はいらないようだ。

この雨が秋に実る果実の中に蓄えられると知ってからは、梅雨も有難いものなのだと思うようになった。

あまり降り方が極端だと問題もあるけれど。

今夜はたくさん降る予報だ。



散歩に行く川で、鴨が子育てをしている。

近所の方が、雛を狙うカラスを音を立てて追い払ってくださって、もう大分成長して、カラスに立ち向かうように成長したから、大丈夫と聞いて、安心した。

もう少ししたら、親とも見分けがつかなくなって、鴨の集団にしかみえなくなることだろう。

何しろ10羽はいるのだ。

今まで見た中では2番目に多い。

とてもうれしいと思うし、ここを散歩する、気にかけていた人たちも、皆安堵しているだろう。



少し前に何かと18とか、188が多い気がした。

それから、17も復活して、数字に偏りがみられる気がしている。

最近は888とか、444とか。連続することが多い。


なにかしらのメッセージなのだろうか。

よくわからないのだけれど。


それから、このところ、なんとなく気になる星があって、もしかしたら私の魂の出身星?

と、自分に聞いてみると、右に向かうエネルギーを感じる。

右は、「はい。」なので、意外にも当たっているのだろうか???
























消毒

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閉じこもって、はりねずみになって、自分をずっと守っていたけれど、とっくに春を過ぎたし、成長したくなってきた。


やっと、やっと、暗い冬眠用の穴から出てきたような、そんな気になってきたみたいだ。



IN DEEP さんが、過剰な殺菌に警鐘を鳴らしてくださっている。

有害サイトではないです。

いつも、きちんと調べてから載せてくださっています。


以前私も、誰かに科学的に書いてほしいと、このブログにに書いた。


ちゃんと自分で考えてほしいし、調べてほしい。


必要な菌、ずっとお世話になって自分が生きてこられた、いい菌もたくさんあるはず。

全部殺菌したら、自分が生きていけなくなる。

人間はいろんな菌と共生してこそ生きていけるもののはずです。


それに、菌だけでなく、自然界に放ったら、いろんな生き物を攻撃するものになる。

だから、本当に必要なところにだけ、使ってください。

お願いします。



このごろよく思い出します。

若い頃、母に聞いた、多分本当にあったお話だと思います。

あるお金持ちが、最愛の子どもを授かった時、あらゆる病原菌から子供を守ろうと、設備を整え、看護師さんを雇って、無菌室で子供を育てたそうです。

詳しい結果は知りませんが、これが話題になったこと自体、なにか良くない結果だったのではないでしょうか。

誰でもある程度、想像はつくと思います。






















近所の鳥たち

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30日のお日様。



もう何日か前のことになる。

雀が一羽、かわいい声で鳴き続けていた。

近くの電線にカラスが留まっていた。

申し訳ないけれど、そこにいる雀を食料にしないでほしいと、無駄かもしれないけれど心の中で頼んでみた。

すると、1分もしないうちに、ゆっくりとその場を離れて、カラスは向こうに飛び去っていった。

もしかしたら、お腹を空かせた子どもに食べさせるものをさがしていたのかもしれないのだが。


またその少し前には、小鳥たち、多分近所で子育てしているムクドリだと思うが、外で何やら騒いでいるので、窓から覗いてみた。

すると、猫が細長いものを銜えて庭に入ってきたところだった。

悠然と近づいてきて、通りすぎていった。

いなくなってから考えると、銜えていたのはうちの庭に代々住んでいる小さなトカゲの仲間のしっぽのシルエットに違いないと思った。

猫は、食べるためだけでなく、甚振って殺してしまうようだ。

どうしてそんな残酷なことを。。。と、思ったけれど、人間にそれを批判する資格は全くないのだと、あとで解った。


食べるわけでなく、簡単に捨ててしまう、腐りかけた食肉や、無駄にされる食べ物。

それを棚に上げて、猫を非難することなんて、できはしないのだ。



家に来た仔犬は、賢くて優しい。

物凄い雨の日に、浄化された世界にやってきてくれた。

抱っこしている時に私が咳をしたとき、じっと私を見つめて、心配してくれているのがわかった。

とても深い瞳をしていた。


私の目には見えなくなった先住の犬たちも、きっと歓迎していることだろう。



再び犬の散歩に行くようになって、今日は鴨の雛が6羽いるのを見つけた。

無事に育つように願っている。


多分同じ気持ちで、沢山の人がかわるがわる見守っていた。



ふわふわの雀が啼きながら、次の日塀の上に留まっていて、親鳥も近くにいた。

水を飲ませに来たようだった。

私が通っても、逃げることもなく、寧ろちゃんと育っているのを私に見せてくれているように感じた。


鳥も人も石も私。

カラスも雀も私。

そうらしいのだ。



今年は植物の移り変わりがとてもゆっくりしている。

仕事はむしろ忙しい。

坐骨神経痛になりかけていそうだ。













数字の夢

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先月22日のブログを、下書きのままにしていたことに気がついて、2,3日後に表示したけれど、書いた翌朝、早朝に数字の夢を見た。

ストーリーはなく、漫画チックな人物が立札の脇に立っていて、立札には、3800とだけ書かれていた。

ほぼ数字だけのメッセージらしかった。



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今朝、今年も鳥の巣立ちが見たいものだと、願ったら叶うのだろうかと思いながら雨戸を開けていたら、丁度鳥が餌を銜えて、ご近所のお宅の雨戸の戸袋に入って行くところだった。

びっくりする速さで未来が反応していた。


これからはきっと、人それぞれ、願った通りの未来になっていくのだろう。

心が発したものがすぐに現れて。

自分の出したものがそのまま帰ってくる。

だから、目の前に現れたものは全部、自分の責任。




せっかくの連休も、せっかくの晴天も、なんだか今年は心が晴れず、残念だ。

こんな時も休めず、余計忙しく働いて下さっている方も大勢いらっしゃるので、とても不満は言えないけれど。

月末を待たずに、緊急事態が解除されることを、私は願おう。

その時には全ての心配な状況は回避されていることも。



不自由を感じる生活の中で、ありきたりだけど、休日にガーデニング三昧したり、犬や孫を可愛がったり、家族みんなで食事したりおしゃべりしたり、今までのそういうことに、私は幸せを感じていた。

それを再確認できたのは、今回の収穫と言えるかもしれない。




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一週間早いプレゼント











法則の通りなら

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宇宙の法則に例外がないのなら、

攻撃すれば攻撃される。

怖がれば巨大化する。


殺菌・滅菌より、自然界にあるものを忌避剤に使うのがいいのかもしれない、と思った。

それならば攻撃するわけではないし、別の場所に住み分けるだけだ。

独創的な考えだろうか?





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こぼれ種ならぬ、こぼれ球根から咲いた オーニソガラム。



雑草だけを引き抜くのは、なぜだろう。

花の大きさが違うだけなのに。

でも、ジャングルになってしまうから、抜いてしまう。



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昨日の18時頃、北西の空。



感謝したくなる

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マスクを娘がネットの通販で買って、送ってくれた。

その中に印刷された手紙が入っていて、感じるものがあった。

一生懸命お仕事なさっているのだということが伝わり、その御蔭で貴重なマスクを手にすることができて、有難いと思った。

今、医療関係者も、いろんなご苦労があり、大変だと思う。

宅配業者も、相当忙しそうだ。

いろんな方たちに、感謝したい。


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神社で先日お御籤を引いた。

末吉だったので、運気が悪いが、時期が来ればまたよくなっていくから、というような内容で、一つ一つ書かれていることはあまり良くない。

いつもは、凶でもない限り引いたお御籤を結んで帰ってくることはしないが、今回、何となく気が急いて結んできた。

結ぶ直前、最後に読んだ部分だけが、ずっと頭に残っている。

たゆまぬものは大和魂、のような言葉。

大和魂を貫き通せ、のような言葉だった。


そこが大事だから、他の細かいことは気にしなくてもいい、という意味で、何となく結んで置いてくることになったような気がした。

私は、気持ちを落ち着けて、揺るがずしっかりしていなさい、と、言われたのだと受け止めている。


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この前の、打ち寄せる大波のような雲。


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右がおよそ北西、左はおよそ南東方向、4月7日7時過ぎ。

方角的に、なかなか該当するような地震がないと思っていたが、やっと揺れたようだ。


この雲の写真を眺めていたら、地震もウィルスも、遭遇した人の気持ち次第で、どんな影響を受けるかが変わってくるのだと思い至った。

震災のあと、放射能の影響で具合が悪くなりそうになっていたとき、人類の一人として、私は被害者でなく加害者側の一人だと理解すると、影響はほとんど感じられなくなった。

いろんな問題も、心の中を俯瞰して見つめてみると、状況が一変するような発見があるのかもしれない。

自分自身、まだ俯瞰するべきものがある。



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夢の中の会議

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昨夜は久しぶりに夢を見た。

献身的な、幼稚園のような施設の、話し合いが、何故か広いトイレで行われていた。


トイレの夢が多いのだけど、その意味が何となくこの頃はわかる。

人間が地上で生きていることで、さまざまな問題がおきてくる。

大きな意味で環境問題といってもいいかもしれない。

それをなんとかしなくてはと、必死に掃除を続ける人の夢を以前も見た。

今回は、広いトイレに大きな長方形のテーブルが置かれていて、10人弱の人たちが会議をしていたようで、私は知らずにそこに入ってしまった。

言葉は交わさなかったけれども、何となく優しい雰囲気の人ばかりだった。




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今朝は、テレビ画面を見ていたら、急に「17」がいくつも出て、とても主張していた。

天照大神の数字だと、ずっと前に読んだことがある。



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19日のお日様。










お彼岸

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今年も咲いた。

お彼岸のせいか、母が微笑んでいる顔がここ2日くらいよく浮かんでいる。

父は先月の命日の時に、来てくれていたせいか、まだみたいだ。



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1234という続き数字を昨夜から3回目にしていて、昼にはキーンという耳鳴りも聞いた。

どこかが痺れたりはしていないけれど、少し気にはなる。

(と思ったら、書いている途中で北東方面で2回痺れた。気にしているせい??)





コロナのこともあり、普段のような少なめの買い方より、備蓄できるものは買い置きをしておくのがいいと思った。

ガソリンとか、冷凍ものとか。

先日のような大騒ぎにならないように、普段から余裕をもって買っておく方が安心する。


昨年の台風の時は、そういえば冷凍の草餅があった、と思い出したら、何故かにっこりしている自分がいて、おかしかった。

気持ちの余裕が、思ったより大きく作用するものなのかもしれない。




ここ1週間テレビが壊れて、なにも見れなかった。

フジコ・ヘミングのCDを聴いて過ごした。

心は落ち着いたようだけれど、生活はなかなか変えられず、相変わらずこんな時間にまだ起きている。

夜10時から4時間の睡眠が、特に美容にいいらしいのに。。。いやいや、健康にも大切なのに。。。



今朝は嫌なことを思い出した。

でも、それを引きずらなかったかも。今までに比べたら。

















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神様からの贈り物のような写真



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今朝は氷点下。

冬眠から覚めた生き物には、少し寒かっただろう。













自分に聞く

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28日のお日様。




自分に聞いてみた。

いつもよりお米を多く買ってもいい?
YES

玄米を買って、新米が出回るまで取っておいた方がいい?
NO

その必要はないという意味なのかもしれないけど、どうしてなのかなと思いながらネットを見ていたら、日月神示に、買いだめは気の毒を作ると、書いてあるというのを目にして、ここまでしたら買いだめに当たるということだろうと、認識した。

マスクに始まって、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、と、騒動が続く。
みんなが今必要な分だけ買っていれば、一番いい成り行きになるのだろうけれど。

不安が買いだめに走らせてしまう。


よく、災害や病気や、さまざまな困難は、人を目覚めさせるために起こるという。
確かに、明日食べるものがなくなれば、ゲームばかりしてその世界にしか生きていない人も、どうしたことかと世の中を見渡し、自分で考えることになるだろう。
それで目が覚めることになるのだと、最近ようやく理解できた。




これとは別の話だけど、やっぱり、今は自分の生活を変える時だと、新型コロナの騒動が後押しししている。
今の仕事も好きではあったけれど、もう次世代に譲って、自分のペースでやりたい何かをする時なのだろう。
具体的には、断捨離から??
その先に何か見えてくるのかも。。。と期待している。

昨日から、やたらと5がたくさんやってきた。変化?
今日の午後はは3が続いた。

胸の奥が温かくて、悪いことがやってくるとはとても思えない。
意味のない楽天だと言われたけど、やみくもに不安がるより、ずっといい。



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久しぶりに

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今日のお日様。




かなり久しぶりに、南西の遠くが痺れた。

そのすぐ後に、近くの南南東が微かに痺れた。


本当に久しぶりなので、大きいのかどうかはわからない。

お腹までしびれていたのが、今はない。


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誰でも心の奥深くに神様がいるという。

大丈夫と自分で決めたら、きっと大丈夫な世界が広がっていく。

安心して、信じ切ることができるなら。




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クリスマスローズ。

好きな場所らしく、庭でどんどんふえる。






この頃

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2日のお日様。




殺菌剤を使うべきではないというのではない。

けれども、何でも、よく考えてから丁度良く使わなければ。




ぴょいちゃんが天寿を全うして、私も体調が戻ってきて、また犬を飼いたいと夫と話している。

先日娘が来た時にも、そんな話を具体的にしていた。


その後、なんとなく、フローリングの床をぴょいちゃんが歩いているような音を数日感じていた。

そんなある日、思い浮かぶぴょいちゃんが、実際にはありえないほど首を下げて、うなだれていた。

淋しいのかな、と思って、心の中で語りかけた。


ずっと頑張って生きてくれたことへの感謝と、尊敬と、今でも、これからも、本当に大好きだよ、と伝えた。

他のワンちゃんが来たとしても、絶対に忘れたりはしないよ。


すると、思い浮かぶぴょいちゃんの姿は、実際にはありえないほど、飛び跳ねんばかりに喜んでいた。

気持ちが通じたと思った。


姿を見れたらいいのに、私からは見えない。

ももちゃんらしき夢を見た時のように、彼らからは見えても、私からは見えないのだ、多分。



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1日のお日様。



人は、何度も同じ人生を生まれ変わって課題をクリアしていくこともあると聞いた。

私は何度か、この人生をやり直しているような気がする。

やっと今回はクリアできるのかもしれない。

もしまだこの先に、新たな大きな課題があるとしたらわからないけれど。


遠くにいるのに、何故か気になる友人がいて、その人とは、今世生まれる前に、お互いに励まし合おうねと約束してきたような気がする。





神様の夢

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昨日、今年2回目のトマトの収穫。

ほとんどは中玉トマト。

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春になったと思って咲いてしまったオキザリス。





10月頃かと思うが、とても変わった夢を見た。

言葉にすると、ちょっと大それていて、ここに書く気にならなかった。


まるで、来年町内会のちょっとした役員みたいなものを引き受けてもらえませんか、とでもいうような聞き方で、「神様になってくれませんか」と聞かれた。

その人は中年より少し年配の男性で、特に目立たない風貌で、普段着だった。

聞かれた私は、それをごくありふれたことのように受け止めていて、無言ではあるが引き受けていたようだった。


人の心の奥には、誰でもみんな神様がいるのだと、よく本などで読んでいるから、そんなに珍しい考え方ではないと思う。

でも、夢に出てきたのはちょっと驚いたし、多分そういうことだという解釈に落ち着くまで、何日かはかかった。

最初は、なんて不遜な夢を見たのだろうと感じた。



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白っぽい光のことが多いのに、昨日はとても珍しい、はっきりしたピンク色の光。






昨日までは、また歯茎を腫らしておたふく風邪のように頬を膨らませていた。

歯科医院でも、普段から抗生物質を服用しているので、それ以上は薬を出してもらえず、徐々に治るのを待つしかなかった。

そういう時は、お薬のありがたさが身に染みる。

人工的な薬剤はなるべく避けているが、やっぱりどうにもならないときは、そういうものに頼ることになる。


嫌がっているから、こんなことに直面することになるのかもしれない。




空気を浄化するという、薬剤がちょっとずつ出てくるものが市販されていて、インフルエンザウィルスをやっつけるというので、事務所にも昨年置くことになったが、私はすぐに口の中が嫌な感じになったので、目の前にあったものをしまってもらった。

それはレジ袋に入れてきつく口を結んで、棚に数か月置かれたままになっていた。

気が付くと、そのレジ袋は細かくボロボロにひび割れていた。

触ると際限なく細かく壊れていく。

マイクロプラスチック?

周りに置いてあるものは特に変わった様子はなかった。


これは何がどうなったのかと考えてみた。

レジ袋は石油でできている。

それがもろくなるということは、吸い込んだら、人間の肺の細胞膜も油脂でできているのだから、それももろくなって壊れるということ?



ずっと以前、飲食店で周りの人がたばこを吸っていると、お料理の味が変わると言われていた。

その薬剤が漂い始めると、口の中が変になると私は感じるのだけど、それは呼吸の時に唾液に薬剤が溶けているということだと感じる。

それが食道を降りて行くとき、消化器を移動しながら、殺菌していくことだろう。


いい菌も、悪い菌も。

勿論、腸内フローラも。

菌がいなくなった腸の内壁は、守るものがなくてむき出しで、傷つきやすくなるのだろう。

多分、さまざまな消毒、殺菌、除菌のための商品は、そういう作用をするのではないだろうか。




医学の知識もなく、理系でもない私が、感覚的にとらえたら、こんな理屈になった。

もっとましな知識のある方々に、これが合っているのか、間違っているのか、是非考えてみてほしい。





















夢と数字のこと

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初収穫のミニトマト、6日のもの。




年が明けて随分日が経ってしまった。

年末に更に風邪を引いたらしく、発熱で寝込んだ。

帯状疱疹の後で、捗らないながら仕事も最低限行っていたので、発熱後は本当に体力がなくなって、時間があれば横になっていた。

それでも娘の一家が里帰りすることになっていたので、明日はそろそろ起きようかと思いながら夜眠って、明け方うとうとしている時に、

『まだ!!』 という大きな声が響いた。

同時に、目の前に大きな矢印の先が90度曲がっていて、その向こうには大きな×があるのが見えた。

まだ寝てなくちゃダメと言われたのだろうけれど、あれは誰の声だったのだろう?



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とても久しぶりに、携帯のカメラで撮ってみた。

緑色の波紋が広がり、お日様に癒されているのが感じられる。



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11日のお日様。




今日見た夢のこと。

その前に、何故か真夜中にぱっちりと目が覚めた。

電気を消して眠ったのは11時にはならない頃。

目が覚めて電気を点けると、デジタルの時計は1:11だった。

普通は目が覚めない、熟睡している時間帯。


もう一度眠ると、変わった夢を見た。

私は江戸城を見学することになって、都心に出かけた。

地下鉄に乗っていたが、座席が曲線状に並んでいて、近未来的なきれいな車両だった。

駅は古い木造の建物もあったりして、ちょっと今の東京の感じでもない。

電車に乗る前はバス停に並んだが、会社員らしい普通の二人の男性が、親切ににこやかに話しかけてきて、今の日本の都会とは違う雰囲気。

ここはどこだろう?

江戸城はもうすぐなくなるということだった。


時計については、数日前に起きた時は、見ると5時ぴったりだったし、今日の夕方は4:44ぴったりだった。

探し物をするとき、それはこの部屋にありますか? とか、それは家にありますか?とか、自分に聞くと、以前よりもはいといいえがはっきりしている。

それで、大事なものがすぐに見つかったりして、このところ2回、助かった。


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7日、南東方向の空。








虹色

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今朝のお日様。

久しぶりに光がにぎやかだ。



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夕方近く、南東の空。

北東方向から、雲が押し返されていた。



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ぴょいちゃんのお墓を、ももちゃんの隣に作った。

もう少しきれいに飾ってあげたいけれど、まだそこまで元気が出ない。



痛い思い

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30日、いつか蛙が浸かっていた水鉢。



心臓の右くらいのところに、痛みが来たのは、11月28日の直下震源の深発地震の前触れだったかな。

それで、もう一つの激痛は、帯状疱疹だった。
まだ治らない。
それでも、少し南の少しだけ東、というのは、お知らせとして有効なのだろうか?

帯状疱疹の最中も、今も、あまりにあちこちが突発的に痛くなったのと、あちこちで揺れたので、地震と関係あったのか、なかったのか、判断は難しい。


自分の生活も、変えることになった。

今までよりも少し余裕のある生活になっていきそうだ。

それでできた時間をどう使うのかは、まだわからないけれど。


健康に気を付ける、体作りを考える、そういう転機が訪れたようだ。



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8日のお日様。

ちょっと4本脚にも見える。




体調が悪いと、街ゆく人を優しく見ていない自分に気づいた。

まだまだだね。







4が押し寄せてくる

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白くて伸びた光は、左右入れ替わっても円い形は向きが変わらない。



どうしてかわからないけれど、今日夕方から44と4のオンパレード。

信じられないほど4が殺到している。

4は、普通なら天使。

教皇がいらっしゃっているからか??

それなら他の多くの人も感じているかも。



これまでの私

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今朝のお日様。




この頃、仕事を毎日でなく週4日にできないかな、とか、

あと何年働くのかなとか。

どうしてそう思うのだろうと、突き詰めて考えていくと、今年還暦を迎えたからだとわかった。

もしも、大還暦の120歳まで生きたとしても、折り返しを過ぎた。

それで、私は今まで何をしてきたのだろうと、焦りの気持ちが湧いた。

あの世へ帰った時に、私はこんなことをしてきたよ、っと言えることは何にもないから。


でも、もっと突き詰めて考えると、私の辿ってきた道は、私の希望したことだと思い出した。

いつかどこかで、自分で希望したことだ。

希望したことなんて忘れて、いろいろ体験してきた。

それがよくわかったから、焦っていた気持ちがなくなり、全てはこれでよかったのだと思えた。

ここまで、これでOK!

自分がそう思うのだから、それでよい。


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常夏の国のクリスマスを想像して。





昨日からの痛さ、夜にまた痛くなって、さっきは、下からお腹へのじんじんするのと同調していた。

こういうのは初めてだ。




気になる痛さ

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今夜のことが気になって。

強い睡魔と、痛み。


方向が、どこを起点にするかで違うのだが、ここより少し南でほんの少し東、のように感じる。

起点が違うなら、遠くない北東なのかな。


神経痛になりそうにないところが、今夜だけ何度も激痛になり、さすっていた。


昨日は心臓より右の辺り、中心線くらいのところが、一度だけ相当痛くなった。

この前夫が交通事故直後の現場を2回も通りがかって、危険を感じたといっていた時の痛さ位。

中心線ということは、自分のいるところ。


最初に書いたものとは違うと思うけれど。

















こころのビタミン

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今も心が折れそうになっている人がもしいたら。


私はひどく落ち込んでしまった時には、小田さんの曲を聴いていた。


君住む街へ
たしかなこと
ダイジョウブ

もう少し元気になったら、

風のように

が、心を強くしてくれた。


ここにどんな励ましの言葉を書くよりも、曲を聴いたらきっとまた元気が出てくると思う。



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昨年のお御籤

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1日のお日様。


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安否が気になっていたら、姿を見せてくれた。

歩くたびに足裏がぺたーっとなるのが、可愛かった。

我が家の守宮ちゃん。


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この先は、24時間前に下書きしたもの。



夜、近くの東と近くの南東、かなり痛かった。

さっきは近くの西が、もう少し弱く痛かった。





バッグに入れっぱなしだった、ずっと前に引いたお御籤が二つあった。

その前に探し物をしていたのだが、何故か二つとも、失物は物の間にあると書かれていた。

それはまだ見つからない。


お御籤の一方(北口本宮冨士浅間神社)には、
しら玉をひかりなしともおもふかな
磨きたらざることを忘れて
と、書かれていた。

丁度最近のお日様写真の中に、不思議な円い白い光があることが気になって、過去の写真を昨夜は探してたくさん見ていたところ。


ずっと前に明治神宮で、やはり似たような意味のお言葉を頂戴していた。

もっと御霊磨きに励みなさいと、きっと私の一番の課題なのだ。




財を失うことの失は小なり。
失のもっとも大なるはこれなり。
智慧を失うことなり。

どんな地位に居ても人間の偉大さを発揮することは出来る。

我心我欲をはろうて胸は清い高峰の月の光
胸の苦しみ、心のもだえ、よくよく考えてみれば、我身びいき身勝手から起こっている。
我欲をすてて他人の幸福を念じる心になり切れば、広らかな、すがしい気持ちにかわってくる。


昨年の早春のお御籤だと思うが、今の方がぴったりくるように感じた。

まるで今読むことになっていたみたいだ。



今日の昼頃、1と4の組み合わせで数字が強く主張していた。1414と、今何気なく書いたので、もしかしたら、いよいよ、の意味かもしれないと思ったが、なんのことだろうか?


以上、2日記。











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災害から思う

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23日のお日様。


また千葉県から東北方面が大変なことになっている。

もうこれで収まりますように。

被害にあった方たちが、早く安心できる生活を取り戻せますように。



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昨日の日中に、下からはっきりとしたじんじんする嫌な振動を感じた。

椅子に座っていられないような。

多分大き目の地震の前触れ。


どこかはわからないけれども、雨はそれを遅らせたのかもしれない。


1週間くらい前かと思うが、かなり近くの西、と思われる場所が鋭く何度も痛んだ。

でも、被害地震は起きなかった。

夫がたまたま日曜日に通りがかった中央高速の事故のことだったのか??

その日3件、近い場所で事故が起こっていて、そのうち2件を危険を感じながら通り過ぎて、帰ってきたという。

私は個人的な危険を感じ取ったのかもしれない。



地震も豪雨も、作為的な可能性を言われるけれど、それを阻止できないときは、それなりの神様の意図があるらしい。

大きな目で見れば、勿論、ひどいことをするのが目的ではないはず。



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未来には、思ったことがそのまま周りの人に聞こえるようになる。

今でも聞こえている人は思ったより大勢いると、経験上わかっているけれど。

私にはまだ聞こえることはないが、もともと感情というものは相手に通じるものだと思う。

心の中が筒抜けになるころまでに、誰に見られても恥ずかしくないように、すっかりきれいな心になっていたいものだ。




ぴょいちゃんをお寺に連れて行って、帰る時、数字のメッセージ? ... と思うことがあった。

信号待ちの時のことだ。

右折車線に停まった車も、それと向かい合って対向車線で右折するために停まっている車も、ナンバーが同じ2727だった。

こんなことはメッセージでなければあり得ない。

けれど、意味はよくわからない。



今日になって、左の上腕部が鈍い痛み。

相模湾と関係あるのかな。

右腕の時は東京湾の地震があった。

それほど大きな地震ではなかった。

腕は湾、天使さんはダジャレが好きなのだそうで...

その解釈が合っているかは、自信がない。



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ふゆしらずのこぼれ種から、もう花が咲いた。



















































ぴょいちゃんのその後

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13日のお日様。


以下は8日に書いたもの。

PCがつながらなかったので、数日投稿できず、そのままになってしまった。


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4日のお日様。





ぴょいちゃんは、自分で食べたり飲んだりはできないものの、外の草地の上では10分以上も立っていることができるようになった。

家の中だと、まだ踏ん張りは効かない。

でも、ここまでの回復は、一時は予想もできなかった。


北欧では、自分で食べれなくなったら、治療はしないと、獣医さんに言われた。

もう十分に生きた年齢で、このあと元通りに回復する確信は持てない
状況だった。

でも、何もせず見ているだけなら、まもなくお別れすることになる。


点滴で栄養を与えるのは、とても効率が悪いので、口から少しでも入れてあげる方がいいと聞いて、針のない注射器で流動食を入れた。

その後は、元々食べていたフードをミキサーで滑らかにして口に入れた。


最初は何かしても反応がなかったが、次第に立ち上がれるようになり、先ほどなどは、大好きな夫が撫でてくれるのを、次はこの辺を撫でてくださいというように姿勢を変えて、甘えていた。

どんどん元に戻っていく。

ぴょいちゃんの生きる意欲が、素晴らしい。


あの日は、急に脱力して、ほとんど意識がなくなった。

夕方までは、特別調子がいい日で、よく歩いていただけに、とても驚いた。


心臓に大きな血栓ができているので、急に最期を迎える可能性もある。

でも、その時まで、みんなで楽しく過ごせたらいいな。



私が恐れていたことは、ぴょいちゃんを失うこと、介護が長期にわたり、ほぼ一人でかかわるだろうこと。

そして心の中をよく見ると、もうひとつあった。


私の母の晩年に、私の判断はあれでよかったのかと、ずっと分からずにいることがあった。


母が脳梗塞を起こした時、ある延命治療を施さなければ薬も投与できないと言われた。

退院後は、もう一度脳梗塞を起こし、その頃からは私のこともよくわからなくなり、ますます弱弱しくなっていった。


ある日、何となくテレビをつけていると、一人の老婦人がインタビューに答えていて、
「いつまでも生きてはいられないからね。」
と話しているのを耳にした。

たまたま聞いた言葉だが、もしかしたらとうとう母の寿命が尽きるのかもしれないと、その時思った。

そして次の日くらいに、施設から電話をもらった。


母を無理やりこの地球のこの地に、不自由なままつなぎとめてしまったようで、申し訳ない気持ちになった。

本当は、母がそうなる前には、何かあっても強引な延命治療は止めようと、兄と話し合ったことがあった。

それでも、結局こんなことになってしまった。


いつから間違えてしまったのだろう。

いつどう変えたらよかっただろう。

わたしはずっと解らないでいた。



今回のぴょいちゃんの一件で、母のことは、間違っていたわけではないように思えてきた。

母は、もっと早く楽になりたかったかもしれない。

私たちの選択は、生命の尊厳を冒したのかもしれない。

けれども、あの時点で迷いながら選択した方向は、間違っていたわけではないのではないかと思えた。

家族の回復を願うことは、自然で当然なことだからだ。

それは、そういう治療法が適切であるかどうかとは別のことだ。


ぴょいちゃんの立ち上がり方が力強くなるにつれ、ますますその思いを強くしている。



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ここまで、8日に書いたものを、少し加筆した。



ぴょいちゃんは、台風19号が通り過ぎた翌朝、爽やかな空と風とお日様に見守られて、柔らかな芝生の上で、たくさん大好きなお父さんに撫でられた後で天に帰って行った。

この頃、いろんな方にきれいなわんちゃんね、とか、そんな高齢にはとても見えないね、とか、様々に褒められていたのは、一生懸命犬生を全うしたぴょいちゃんへの神様からのご褒美だったのだ。

ずっと一緒にいてほしいと、家族それぞれが願っていて、それに応えようとぎりぎりまで頑張って生きてくれた。

私はとても感謝している。


ありがとう、ぴょいちゃん。

またいつか、会おうね。



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