近所の鳥たち

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30日のお日様。



もう何日か前のことになる。

雀が一羽、かわいい声で鳴き続けていた。

近くの電線にカラスが留まっていた。

申し訳ないけれど、そこにいる雀を食料にしないでほしいと、無駄かもしれないけれど心の中で頼んでみた。

すると、1分もしないうちに、ゆっくりとその場を離れて、カラスは向こうに飛び去っていった。

もしかしたら、お腹を空かせた子どもに食べさせるものをさがしていたのかもしれないのだが。


またその少し前には、小鳥たち、多分近所で子育てしているムクドリだと思うが、外で何やら騒いでいるので、窓から覗いてみた。

すると、猫が細長いものを銜えて庭に入ってきたところだった。

悠然と近づいてきて、通りすぎていった。

いなくなってから考えると、銜えていたのはうちの庭に代々住んでいる小さなトカゲの仲間のしっぽのシルエットに違いないと思った。

猫は、食べるためだけでなく、甚振って殺してしまうようだ。

どうしてそんな残酷なことを。。。と、思ったけれど、人間にそれを批判する資格は全くないのだと、あとで解った。


食べるわけでなく、簡単に捨ててしまう、腐りかけた食肉や、無駄にされる食べ物。

それを棚に上げて、猫を非難することなんて、できはしないのだ。



家に来た仔犬は、賢くて優しい。

物凄い雨の日に、浄化された世界にやってきてくれた。

抱っこしている時に私が咳をしたとき、じっと私を見つめて、心配してくれているのがわかった。

とても深い瞳をしていた。


私の目には見えなくなった先住の犬たちも、きっと歓迎していることだろう。



再び犬の散歩に行くようになって、今日は鴨の雛が6羽いるのを見つけた。

無事に育つように願っている。


多分同じ気持ちで、沢山の人がかわるがわる見守っていた。



ふわふわの雀が啼きながら、次の日塀の上に留まっていて、親鳥も近くにいた。

水を飲ませに来たようだった。

私が通っても、逃げることもなく、寧ろちゃんと育っているのを私に見せてくれているように感じた。


鳥も人も石も私。

カラスも雀も私。

そうらしいのだ。



今年は植物の移り変わりがとてもゆっくりしている。

仕事はむしろ忙しい。

坐骨神経痛になりかけていそうだ。













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